アイディアに関する私見
学生の皆様、
その昔、いまでも少し苦い、でも良かった、という思い出があります。スイスで開催された会議、2001年ころだったか、私がフランスに住んでいた時です。ポスドクを始めたころでした。そこで、とあるフランス人の女性の研究者が、ネットワーク比較の発表を行いました。聞いているうちに、「それは俺がやったことだ!」という思いがメラメラと湧いてきました。頂点間の対応のあるグラフの類似部分グラフを、ネットワークトポロジーを考慮せずに(つまりグラフとしてではなくクラスターとして)、高速に計算するアルゴリズムの話でした。彼女の発表の途中から、だんだんとてもドキドキしてきました。何しろ、自分のやったことが発表されているのですから。自分の名前はでてこない、、、。発表後、アドレナリンが120%に達して、勇気を持ってコメントをしました。会場は暗く、80人くらいの観衆がいたのではないかと思います。日本人は一人です。
「あなたが今発表したことは、私がすでにNucleic Acids Researchに2000年に発表しています!」
スマートではない言い方だったと思います。声も震えていたのを覚えています。が、とにかく、自己主張をしなくてはいけないという思いでした。
その論文は下記です。
Ogata H., Fujibuchi W., Goto S., Kanehisa M.
A heuristic graph comparison algorithm and its application to detect functionally related enzyme clusters.
Nucleic Acids Res., 28, 4021-4028 (2000).
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その後、発表者の女性の投稿論文が自分に査読に回ってきたりして、自分の論文が引用されているかどうか確かめたりしました。
自分の不器用な発言が功を奏したかどうかは分かりませんが、NARの論文はこれまでに結構順調に引用されており(現在、200回以上)、少し不器用で恥ずかしい気持ちも長いこと続きましたが、発言してよかったなと、今になっては思ってます。
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「アイディアはチープ」という言葉があります。アイディアは、研究を進める上でとても重要なのですが、盗むのも結構簡単な場合があります。
どう思いますか?
チープというのは、アイディアはハードな研究ほどのものではないから、とか、自分のアイディアを、大げさではなく、人に気軽に伝える謙虚な側面もあるでしょう。
アイディアは一度、他人に発言してしまえば、それは、その「同じアイディア」をその人が思いつく可能性があるのに、単に先に告げているだけというケースもあります。だから大した優先権はないということです。
もちろん、盗むことは許されていません。が、「アイディアをありがとう」と言えば、大して法律に触れないことも多いのです。
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研究は、論文にして発表することが一番大事だと思います(おおよそですが)。アイディアを盗まれるのは、自分の人生にとってデメリットになります。そして、常にその危険があります。
しかし、そもそも、盗まなくても、同じアイディアくらい別の人が思いつくことは、とても頻繁にあります。世界の科学者をみたら、同じ考えを誰もしていないようなアイディアを思いつくことは、なかなか難しいです。一つの研究テーマは、ほぼ同時に、2~3人以上の別の研究者が世界のどこかで行っていると思っていい、そう私は思っています。
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一人の人間として、アイディアを人に簡単にあげられるくらいの人物になって下さい。もちろん、自分のキャリアに関わるまで、それを勧めるわけではないですが、アイディアを人にあげても、その本当の意味は自分が一番知っていてそう簡単には、まねできないくらいのアイディアを持つこと、そして、アイディアが盗まれても、平気なくらい、たくさんのアイディアを持って下さい。
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科学者という人生は「戦いです」(他の職業でも一緒の部分があると思います)。自然と闘い、1番になるために他の研究者と戦います。
でも、それだけではありません。論文だけではありません。科学をするということは、他の優れた研究者と意見を戦わせるのが醍醐味です。損得勘定抜きにです。そして、冒頭で述べたように、自分の意見や成果を認めてもらうために、少し努力しなくてはいけない場面もあります。簡単なイージーな道はありません。出し抜かれることも、(意図せずとも)人を傷つけることもあります。
スポーツの試合と一緒です。負けることも勝つこともあります。ルールはより明確だということはありませんが、おおらかなスポーツマンスピリッツをもつことを、人生を豊かにするためにお勧めします。
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スポーツでは「隠しボール」も時々あります、ので注意は必要です!
緒方博之